57歳で、15年間勤めた会社を退職しました。
定年まで、あと3年でした。
転職先が決まっていたわけではありません。
起業する予定があったわけでもありません。
「会社を辞めたら、これをやる」
そんな確固たる目的もありませんでした。
それでも、会社を辞めることにしました。
いま振り返ると、これはぼくにとって「人生をもう一度つくり直してみる」という決断だったのだと思います。
ユイこのまま定年まで働いて、その後は何となく老後を迎えるのだろうか。



悩んだ末に最後に残ったのは、「自分の意思で生きてみたい」という気持ちでした。
- 55歳を過ぎてから会社を辞めるまでに悩んだこと
- 妻への告白と、退職後に訪れた朝の感覚
- ハローワークで職業訓練に出会い、人生を再設計していく過程
早期退職 50代|会社を辞めるまでの葛藤
定年まで3年を残して会社を去るまで、ぼくは何度も悩みました。まずは、55歳を過ぎたころから抱えていた気持ちの変化からお話しします。
①55歳を過ぎたころから、毎日のように考えていました
会社を辞めることを意識し始めたのは、55歳を過ぎたころでした。
「このまま定年まで働いて、その後は何となく老後を迎えるのだろうか」
そんなことを考えるようになりました。
勤めていたのは、同族経営の中小企業です。
15年間働くなかで、業務の属人化や非効率な部分、会社の先行きが見えないことにも違和感を持つようになっていました。
ただ、だからといって、すぐに辞める決断ができたわけではありません。
ほぼ毎日のように考えていました。
辞めるべきなのか。
このまま働くべきなのか。
妻に相談するまで、ずっと悩んでいました。
②怖かったのは、収入がなくなることでした
会社を辞めれば、当然、それまでの収入はなくなります。
これは怖かったです。
ぼくには離婚経験があり、社会人の娘と大学生の息子がいます。
息子への養育費も支払っています。
そしてもうひとつ、不安だったことがあります。
「辞めたあと、何をするのか」が決まっていなかったことです。
何か明確な目標があって、それに向かうために退職したわけではありません。
次の仕事が決まっているわけでもありませんでした。
定年まであと3年です。
そのまま働くという選択肢も、もちろんありました。
だから悩みました。
でも、悩むなかで最後に残ったのは、
「自分の意思で生きてみたい」
という気持ちでした。
③夕食後、妻に退職したいと話しました
会社から帰ってきた、ある日の夕食後でした。
妻に、会社を辞めたいと話しました。
妻は本音では、定年まで働いてほしかったのだと思います。
それでも最後には、
「決めたことなら応援する」
と言ってくれました。
この言葉には背中を押されました。
子どもたちには、退職前には特に話をしませんでした。
退職したあとに伝えましたが、思っていたほど驚かれることもありませんでした。
早期退職 50代|辞めたあとに待っていた新しい日々
会社を去ると決めてからは早いものでした。ここからは、実際に退職したあとの朝の感覚と、そこで出会った職業訓練についてお話しします。
①退職後の朝は、休日とも違いました
実際に会社を辞めたあとの朝は、不思議な感覚でした。
休日の朝とも違います。
「今日は休みだから会社に行かなくていい」というのとは違うんですよね。
もう、会社に行く生活そのものが終わったのです。
ただ、
「これから何をしたらいいのだろう」
と途方に暮れることはありませんでした。
まずは、退職してからの生活リズムを作ろうと思いました。
会社員として決められていた時間がなくなったからこそ、自分で自分の時間を作っていく必要があります。
心には不安もありました。
でも、会社員だったころとは、朝の気持ちが違いました。
少し心が軽くなったのを覚えています。
退職した翌日、実際にどんな一日を過ごしていたかは、早期退職翌日の1日|57歳、決まったのは生き方だけに書きました。
②ハローワークで、偶然見つけた職業訓練
退職する前から、職業訓練校へ行こうと計画していたわけではありません。
職業訓練を知ったのは、ハローワークでした。
そこで広告を見たのがきっかけです。
それまでは、職業訓練に通うことなど考えてもいませんでした。
そして、いろいろと見るなかで気になったのが「Webデザイン」でした。
実はWebには、昔から少し心残りがありました。
20年以上前、ホームページビルダーを使って、自分でホームページを作ったことがあります。
その後、独学でコーディングにも挑戦しました。
でも、挫折しました。
それでもWebの仕事には、どこか憧れが残っていました。
だったら、どうせ職業訓練で学ぶなら、自分がやりたかったことを学んでみよう。
そう考えて、Webデザインを選びました。
57歳で、もう一度学生になることになりました。
この学び直しの経緯については、57歳で職業訓練校へ|Webデザイン科を選んだ理由に詳しく書きました。実際に教室に通いはじめてから感じたことは、57歳で学生に戻ってみた。職業訓練校で感じた5つのことにまとめています。
人生 再設計|子どものころ好きだったことも戻ってきた
退職後に始めたのは、Webの勉強だけではありません。子どものころに好きだったことも、この時期に戻ってきました。
子どもの頃からの生き物好き
退職後の生活で始めたことは、Webの勉強だけではありません。
メダカも飼い始めました。
でも、生き物に興味を持ったのは最近のことではありません。
ぼくは昔から、生き物を飼育することが好きでした。
子どものころの遊びといえば、釣りや魚取りが中心でした。
メダカとビオトープとの出会い
大人になってから、品種改良されたさまざまなメダカがいることを知りました。
屋外で比較的手軽に楽しめるビオトープにも興味を持つようになり、
「自分でも飼育してみよう」
と思いました。
そこから、メダカやビオトープのある暮らしが始まりました。
メダカに夢中になっていった経緯は、57歳で早期退職した私が、なぜメダカに夢中になったのかに書いています。
人生 再設計|57歳から、もう一度つくってみます
退職してから、Webデザインを学ぶようになりました。
AIにも触れるようになりました。
ブログを書くようになりました。
メダカを飼い、ビオトープを楽しむようにもなりました。
会社を辞める前に、これらをすべて計画していたわけではありません。
むしろ、確固たる目的がないことが不安でした。
でも、動き始めたことで、少しずつ次にやりたいことが見えてきました。
いま、会社を辞めるかどうか毎日のように悩んでいたころの自分に言葉をかけるなら、こう言います。
「挑戦する気持ちがあるなら、年齢は関係ない。」
そして、
「悩むことは悪いことではない。」
とも言いたいです。
大切なのは、選択したあとだと思います。
自分で選んだ結果に内容が伴うように、そこから頑張ればいい。
ぼくもまだ、その途中です。
57歳からの人生がどうなっていくのか、ぼく自身にもまだ分かりません。
だから、このブログに記録していこうと思います。
うまくいったことだけではなく、失敗したことや迷ったことも書いていきます。
「何歳からでも、新しいことは始められるのか。」
ぼく自身のこれからの暮らしで、それを確かめていきます。
55歳を過ぎたころから悩み続け、最後は「自分の意思で生きてみたい」という気持ちで会社を辞めました。明確な目的がないまま踏み出した先で、Webデザインとの出会い、AI、メダカとビオトープなど、少しずつ次にやりたいことが見えてきています。
NISHIO LIFE LETTER
このブログで書いている「57歳からの試行錯誤」を、メールでもお届けしています。
Webを学ぶこと。
AIを使うこと。
自然と遊ぶこと。
そして、人生後半をどう生きるかを考えること。
「NISHIO LIFE LETTER」では、ブログだけでは書ききれないことも含めて、週1回くらいのペースでお届けします。
ぼくのこれからを一緒に見てもらえたらうれしいです。

コメント
コメント一覧 (3件)
[…] 退職を決めた経緯そのものは、この記事では詳しく書きません。57歳で早期退職を決めるまでの話は別の記事にまとめているので、そちらを読んでいただければと思います。ここでは、退職を決めたあとの「最初の24時間」だけに絞って書いていきます。 […]
[…] 会社を辞めて人生を再設計すると決めた経緯は、57歳で早期退職し、人生を再設計することにしましたに書いています。 […]
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