6月1日。
職業訓練校に通い始めて、1週間ほどが経ちました。
新しい環境にも少しずつ慣れ、クラスの仲間たちとも言葉を交わす機会が増えてきましたが、授業の内容はいよいよWebデザインの本格的な基礎へと入ってきました。
この日学んだのは、私たちが普段何気なく使っている「ブラウザ」の仕組みや、Webサイトを制作する上で絶対に守らなければならない「ファイルやフォルダの名前の付け方」のルールといった基本中の基本です。
長年パソコンを使って仕事をしてきたこともあり、先生の説明を聞きながら、「なるほど、このくらいなら私でもしっかり理解できるな」と、少しホッとした自分がいました。
「今日は何とかついていけそうだ」
そう思ったのも束の間でした。座学の理解とは別に、私の前に大きな「地道な壁」が立ちはだかっていたのです。
教室に響く軽快な音と、私の「……カチッ」
授業の後半、私はテキストを閉じ、一人で静かにキーボードに向き合いました。
いま私が密かに、そして一番熱を入れて練習していること。
それが「ホームポジション」を意識したタッチタイピングです。それが「ホームポジション」を意識した「タッチタイピングのマスター」です。
左手の人差し指は「F」、右手の人差し指は「J」。そこを基準に、小指から人差し指までどのキーを担当するかが厳密に決まっています。
これが、頭では分かっていても、指が思うように動かないのです。
カタカタカタ……、タタタンッ!
教室のあちこちから、クラスメイトたちの軽快なタイピング音が心地よく響き渡ります。私が一文字を必死に探して打つ間に、隣の席では十文字くらい入力が進んでいく。そんな焦りの中で、私のキーボードだけが「……カチッ、……カチッ」と、ひどく不器用に進んでは止まり、鳴り響いていました。
長年の会社員生活で、自己流のタイピングはそれなりに早く打てるようになっていたつもりでした。しかし、手元を一切見ずに正しい指の配置だけで打とうとすると、途端にスピードが落ち、隣のキーを叩いてしまいます。
「A、Q、SHIFTキーは小指……」
頭の中で呪文のように唱えながら、キーボードを叩いては消し、叩いては消す。まるで初めて楽器に触る子どものようにたどたどしい自分の指先に、情けなさと悔しさが込み上げてきました。
「一度落ちてまで入った学校だ。ここでしっかり基礎を身につけなきゃ、この先コードを組むときに絶対に苦労する」
そんな過去の躓きから生まれた覚悟が、私の背中を支えていました。周りのスピードに置いていかれそうな焦りを必死に抑え込みながら、自習時間の終わりまで、指がガタガタになるほどタイピングの練習に励みました。
現役時代は仕事のスピードばかりを求めていましたが、57歳になった今、もう一度「基本の構え」から泥臭く学び直すことのもどかしさと奥深さを同時に噛み締めています。
一歩ずつの積み重ね
学校からの帰り道、何度もキーを叩いた指先が少しじんじんとしていました。
知識として「知っていること」と、技術として「できること」の間には、思った以上の距離があります。でも、その距離を少しずつ縮めていくことこそが、いまの私の「学び直し」の醍醐味なのかもしれません。
まずは手元を見ずにスイスイと文字が打てるようになるまで、明日も不器用なりに3回多く指を動かしてこようと思います。
家に帰ると、いつものように5つのビオトープが静かに出迎えてくれました。
鉢を覗き込むと、夕暮れの水面でオロチメダカが相変わらず渋い黒い体を揺らしながら、ゆったりと泳いでいます。
メダカも、一晩では大きく育ちません。毎日じっくりと手をかけるからこそ、少しずつ成長していく。
彼らのマイペースな泳ぎを眺めていると、焦っていた心が不思議と落ち着いていくのが分かりました。
タイピングもきっと同じなのでしょう。
焦らず、一文字ずつ積み重ねていけば、いつか指が自然に動く日が来ると信じています。
明日もまた学校へ行って、新しいことをひとつ覚えてこようと思います。
人生は、本当に何がきっかけで変わるか分からないものですね。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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